マーカスが好きです・・・
マーカス・ミラーって今の日本の音楽シーンでは過去の人になっているんだろうな・・・
今の若い子達はきっと名前も知らないだろうから・・・
最初に彼の名前を見たのはスタンリー・クラークがプロデュースしたアルバムFUSEの中だ・・・
レオン・チャンクラーとかエリック・ゲイルとか・・・
もう神様みたいな人(エリックは早々に神様になっちゃいましたが)達ばかりが参加したアルバムでした・・・
そんな中でスタンリーや他の人達のソロを支えるべく実に地味でおとなしいプレーをしていたマーカス・・・
なんの特別な事もしない普通の歌謡曲のベースの様な存在でした・・・
その数年後に彼はGRPのオーケストラでやって来ました・・・
その時はすでにマーカスの名前は「若手の成長株」としてNYで響き渡っていた頃です・・・
日本でもビル・ウィザースの「ジャスト・トゥー・オブ・アス」でカッコ良いプレーを聞けました・・・
確か当時の雑誌でそれを聞いた櫻井哲夫さんが「マーカスにやられた!」と感想を話していたのを覚えています・・・
でもねその頃は全然まだ上手じゃなかったんです・・・
ビートもバラバラで・・・
当時のGRPのアルバムでもマーカスのプレーは聞けますが・・・
カッコ良いけど下手くそでした・・・
GRPのオーケストラで日本に来た時にはすでにあのJazzBassはプリアンプが搭載されていて・・・
ステージに置かれたYamahaのベースアンプが聞いたことも無い音を炸裂させていたのを覚えています・・・
当時は日本製でもプリアンプの搭載されたベースがあったにはあったのですが・・・
Hi/Lowのポイントは2KHz/200Hz位だったのだと思います・・・
だから低域をブーストすると「ボワー」として・・・
そして高域をブーストするとトタン板を叩いたような「カンカン」した音になったのですが・・・
マーカスのベースのブーストされているポイントはもっと上/下に広いのだと直感的に音を聞いて感じました・・・
勝手に、「多分MusicManのベースのプリアンプを移植したな!」と考えていましたが・・・
それから5年後にBartoliniのプリアンプであることが業界の一部人間にバレたわけです・・・
でも、MusicManのプリアンプと考えたのはあながち間違えでは無かったですね・・・
今ではいろんなプリアンプの基準的な数値=低域:40Hz/高域:4Khz以上が可変されていることでは同じです・・・
80年代前半から90年代前半まで・・・
彼は引っ張りだこの大活躍でした・・・
住居もアメリカの東西=NYC/LAに構え・・・
アメリカのいろんなジャンルで活躍していました・・・
個人的にはこれら二つのテイクを彼の一番秀逸な演奏だと考えます・・・
マイケル・フランクスのリード・マイ・リップス・・・
これは、ギターが確かハイラム・ブロックだったと記憶してますがいかがでしょう・・・
そして・・・
ルーサー・バンドロスのネバー・トゥー・マッチ・・・
この2曲の楽曲には・・・
マーカスのマーカスたるマーカスであるそれが網羅されています・・・
マーカスを好きな人はよくサンボーンのラン・フォー・カバーをコピーしますが・・・
多分イントロ部分はあまりマーカスらしくありません・・・
ポイントは1拍を16分音符で4つに割った4番目の1弦(もしくは2弦)のプルです・・・
そしてそのプルの直後に親指でオクターブしたの音を叩きます・・・
|どんーたどんーたどんーたどんー|ってまずやってみましょう・・・
これが1小節です・・・
「どん」が親指で「た」はプルです・・・
これを会得したら16分音符1個前に食う「シンコペーション」のレッスンです・・・
これができると結構ファンクでは重宝します・・・
た|どどどーどーーどどーーたーーーた|・・・
最初の|のた=1/16食った形で・・・
その後は|どどどーどーーどどーーたーーーた|の部分をループします・・・
EとかGでやってみると良いでしょうね・・・
でもさ・・・
マーカスと同じ時期にNYではこのシンコペーションがやたら流行ってたんだよね・・・
だからこれは彼の専売特許ではなかったみたい・・・
まあJBにアクティブサーキット搭載して「気持ち良い」を教えてくれたのは彼だったかもしれないけど・・・
そうそう・・・
トップの写真はNAMMでのワンシーンです・・・
もう15年近く前だったかな・・・
とても気さくな人柄でいろいろ質問にも気軽に答えていただけて謎もたくさん解けましたが・・・
まあこれ以上は皆さんには秘密にしておきましょう・・・

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